旧司法試験

旧司法試験と医師国家試験を同じ年に合格したメタボが、試験ものに共通する勉強法・方法論を提案します。

資格や入試は目的ではなく、手段でしかありません。

資格や入試のために、無意味な労力をさくことはあまり適切でありませんし、結果として、、資格試験や入試のために年月やお金を必要以上に浪費することもいいこととは思えません。

要領を追求した凡人が、最小限の労力で最大の効果をあげることを検討し続けた結果がこのサイトにあります。

入学試験や、資格試験はあくまでも生活に必要な資格や立場を入手するための手段として、目標は資格などを手に入れた先にある、という考え方にご賛同いただける方に、何かのヒントをご提供できれば非常にうれしいです。

なお、私が通過した主な資格などは以下のとおりです。このなかで興味のある資格があれば、その勉強法など参考になるかもしれません。

  ① 医学部入試 ② 医師国家試験 ③ 旧司法試験

  ④ 簿記検定2級 ⑤ TOIEC 720点くらい

  ⑥ 内科認定医・某専門医資格

  (大型自動二輪など運転免許系は割愛です)

 どうかごゆっくりお読みいただければ幸いです。

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 何度か申し上げたとおり,自作のインプットのグッズは,ある程度の条件(このページなどをご参照ください)を満たせばなんでもよいです。

 だから,しっかりとしたノートを作成されている方はそれでもいいと思います。

 私が(10年ほど前)にたくさんの司法試験受験生を見てきて,ノートを作成されている方もたくさんおられましたし,実際合格されている方も当然おられました。

 そこで,ノートをすでに作成されてしまっている方へのご提案・ご注意を僭越ながら私の私見から申し上げます。

 ポイントは

  記載する情報の選別=大切な情報が埋没するリスク

  記憶に適するか=読んでいるだけで覚えられますか?

  アクセス性=歩行中や電車のホームで使用可能か

の3点です。

①本当に必要な情報のみになっているのか

 資格試験にとって必要な情報が整理されているのでしょうか。

 つまり,百選や基本書,模試のわからなかった枝などを無秩序に書き込んではいませんでしょうか。

 基本書や百選がベースの場合には,そもそも資格試験に必要な情報か,ノートに書き込んだ理由をよく考えてみてください。仮に

  自分が知らなかったから

  自分が大切そうと思ったから

が根拠の場合には,落ち着いて考える必要があります。

 受験生である自分の判断=司法試験のツボだと思った考えは本当に正しいでしょうか。

 他に,よくある失敗パターンが模試や問題集の枝を無秩序に書き込む場合です。

 この場合,

  枝が入っていた問題は知識を試すものですか

  実は理論や読解力で処理する問題ではないですか

ということをしっかりと考えてノートに整理しなければなりません。

 このように考えると,本試験直前の模試などの解答では,ノートに追加すべき枝=ノートに記載されていなくて試験に必須な知識といえる枝は,私の経験では60問の択一模試でも5枝以下であると思われます。

ちょっと長くなりましたので続く・・・・

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 では,アウトプット重視について前回に引き続き,消極的理由の2番目にについて説明します。アウトプットを重視しない,ないしはインプットを重視するさらなるマイナスポイントとは何でしょうか。

④ インプットの材料が混乱しているから

  これはどういうことかと申しますと,一般的に

試験向きの資料とそうでない資料の区別がされていない

特に基本書や大学の講義は(おそらく)試験向きではない

ということで,私から見れば,インプットに重きを置くことはあまりに無駄が多い,方向性がずれていると感じているという意味です

 たとえば,医師国家試験を勉強するときに,医師国家試験用の問題集や専用参考書(というか電話帳のような本1冊)を読んで皆勉強します。だれもいわゆる教科書・専門書(=司法試験でいうところの基本書)をベースに勉強しません。

 もちろん,しっかりとした教科書を読むこともありますが,それはあくまでも

  辞書代わりに

  確認のために

一部を読むだけで,すべて何度も読み通すことは医師国家試験の勉強の時期には絶対にありません(もちろん,そのほかの時期,医学部の実習の時期や医者になってからは別です)。

 携帯電話を使うときに,携帯電話の説明書を読むことはあるでしょうけど,携帯電話の構造や仕組み,歴史などを記載した専門書を読むことはないでしょう。それよりも携帯電話を使ってみて,わからなかったら説明書に戻ることも多いでしょう。

 これとほぼ一緒です。

 基本書や法学部の偉い先生方の講義は,少なくとも私の実体験に基づけば

  資格合格の必要条件ではない

と断言できます(十分条件ではあるかも)。

 実際に私は,(旧)司法試験合格まで

  まともに一冊も基本書を通して読んでいない

  民法,刑法,会社法は基本書を一冊も買っていなかった

という状況です。問題を解いていて,部分部分読んだ教科書が一冊だけありますが,それは国際私法という法律選択科目でした。

 我々が目指す実務家,それの前提たる司法試験をはじめとした資格試験に,原理原則は必須ですが,原理原則や判例を批判・検討して,真理を追究し,独自のよい説を確立したり,学説を整理する能力は,少なくとも資格試験合格には必要ないのです

 学説も一部,選択試験に出てきますが,それは理論的思考を問う問題で,学説を完全に理解していなければ解けないというわけではないはずです。

 芦部先生の憲法は,私の時代に(今はどうだか知りませんが),憲法の必読書といわれましたが,私が合格するまでにこの原著を読んだのは3分の1もありません。

 ただ,合格した後に,事後的に読むと,芦部先生の憲法の内容の大半は把握できていました。

 それは,問題を解いている間=アウトプットをしている間に読んだ,各種参考書などの回答=フィードバックとしてのインプットに同じ記載が何度も出てきたからです。

 そして,合格に必要な箇所ほど何度も目にしており,試験合格に必要のない記載ほど,ほとんど読んだことがありませんでした。

 このような,試験にとって,重要な部分と,重要でない部分を,資格試験受験生が難しい基本書相手に正確に判断できるかといえば,ほぼ不可能であり,つまりは無駄が多くなるのです。

 刑法の大塚先生の教科書に,

  ここは司法試験のツボです

  ここの部分は司法試験にはでませんから流していいです

とか書いていませんよね?

 このため,基本書などのインプットを過度に重視することは,資格試験ではリスクが大きい場合もあることを認識すべきかと思います。

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記憶力,そんなにありますか?:個別方法論-司法試験編-総論⑤に戻る方はここをクリック

 さて,私の表現が抽象的過ぎて混乱を招いてしまった面もあるようですので,補足をさせていただきます。ご迷惑をおかけしてすみません。

 前回の「記憶力,そんなにありますか?:個別方法論-司法試験編-総論⑤におじて,最小限のインプット→アウトプット→間違えて疑問を持つ・無理解を自覚→これらを基本にインプットするという流れを提案させていただきました。

 私が実際に,間違えた後,インプットにつなげていたのは,具体的にはこのような思考です。

たとえば,平成20年行政書士試験の中の問題で,

次の記述のうち、最高裁判所の判例に照らし、誤っているものはどれか。

1 憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられている。

2 国は、子ども自身の利益のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるために、必要かつ相当な範囲で教育の内容について決定する権能を有する。

3 労働基本権に関する憲法上の規定は、国の責務を宣言するもので、個々の国民に直接に具体的権利を付与したものではなく、国の立法措置によってはじめて具体的権利が生じる。

4 労働基本権は、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が自己目的ではなく、国民全体の共同利益の見地からの制約を受ける。

5 憲法が義務教育を定めるのは、親が本来有している子女を教育する責務をまっとうさせる趣旨によるものであるから、義務教育に要する一切の費用を当然に国が負担しなければならないとは言えない。

なんで問題があります。仮に全部わからなかったとすれば,

 持っている知識と常識で考えて悩んで

疑問や,わからない・・といった感覚をしっかりもちます(←この問題意識が解説を読んだときの記憶定着につながります)。

 その後,全然覚えてないな,どうだったっけ,と反省しつつ

第1の枝→25条の条文を見る。抽象的権利,裁量が広くなったりするときはいつだったか,テキストで確認。ふーんと思ったら,同じような消極的な司法権の場面を確認。

第2の枝→教育を受ける権利について条文を確認。法的性質にも争いがあるんだっけ,と通説を確認。

・・・・という感じで進めていくと,

そうか,社会権って権利の性質も似てるなあ,問題文みたいに並べて比較すると類似点,違いがわかるなあ

と気づくはずで,ここまでくれば,一つの問題ではこの程度で終了です。

 (旧)司法試験的には,こんな問題が模試で頻発する日には,

 社会権の比較をテーマにした事案問題が論文で出るのか

とまで考えてしまいますね。

 あまり時間をかけても=復習の範囲を広げすぎたりしても,結局は試験にでない余計なところまで読んでしまい,だいたい,時間の無駄になってしまいます。

 したがって,自分の最も使用しているテキストか,判例つき六法の該当する条文のところくらいで押さえておくのが吉かと思われます。

 また,仮に正解しても,

  この枝わからなかった

と強く思ったのであれば,印をつけておいて答え合わせの時に解説をチェックするのも忘れないようにします(わからない,と疑問を持ち,悩んだときが記憶定着のチャンスで,自分の弱点を見つけた絶好の機会)。

 反対に理解している枝までしっかりと解説を確認するのは時間の無駄です。

 このような感じで間違えたアウトプットから,試験で必要とされる知識のうち

  自分がそもそも持っていなかった知識

  理解していたと勘違いしていたが理解していない知識

最も効率的に発見し,再度インプットすることが,「間違えて疑問を持つ・無理解を自覚→これらを基本にインプット」の意味でした。

 おわかりいただけましたでしょうか。

 疑問,質問,方法論へのご意見は大歓迎です。コメントなりご自由な方法で頂戴できれば幸甚です。

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 では,アウトプット重視について前回に引き続き,今回は消極的理由について論じます。

 相対的にアウトプットよりもインプットを重視する不利益とは何でしょうか。

③ インプット重視だとよく覚えられないから

 =効率的に記憶できないから

 以前も申し上げましたとおり,私は

  完全理系の頭で記憶が大の苦手

でございます。

 そのため,司法試験の勉強を開始した直後は,あまりに必要とされる知識の多さ,自分が試験勉強に割くことのできる時間の少なさに

  絶望的な無力感

を味わったものです。

 そこで,私の頭=記憶が著しく苦手な人でもなんとかできないか,せめて試験でのポイントだけを効率的に記憶する方法はないものかと考えていた際,たどり着いたのは

 最小限のインプット→アウトプットしてみる

 →間違えて疑問を持つ・無理解を自覚

 →これらを基本にインプットする

という流れでした。

 つまり,私のような人間でも多少記憶できるようになる場面があり,それが

  何かを強く疑問,わからないと感じたときの回答

だったのです。

 インプットをしていて=教科書を読んでいて,自然に

  ここが矛盾している,わからない,不思議だ

と気づくことができ,かつ

 気づいた点が資格試験におけるツボだと確信できる

人はまれだと思います(時々いますね。こういう人は基本書だけ読んでいてさくっと合格する天才タイプです)。

 そのような特に優秀な方は別として,私が試験で重要なポイントのうち,自分の不足している部分を自覚し,疑問を持つためには

 問題を解き,考え,間違えたりわらかなかったりする

ことが必要だったのです。

 そのため,効率的なインプットをするためにもアウトプットを重視し,

  アウトプットをするための最低限の知識

 =問題文が理解できて

   疑問が持てる程度の知識

のみを先にインプットしたのです。

 したがって,私のアウトプットでは

  正解した問題はむしろどうでもいい

  間違える問題ほど大切で

  復習が非常に重要

となります。

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 資格試験において,「アウトプットの重視」が重要である理由「実務がアウトプットだから」の理由に続きです。

 実務の前提たる資格試験と,大学の法学部の講義などの法律学とは

 学問分野が異なるくらいの勉強法の違い

があるため,少し追加して私の考えを述べさせていただきます。

 比較の対象として,大学の偉い教授など,学者先生方は,論文の作成,学生への指導は別としても,アウトプットはここまで重視されません。

 なぜなら,実務家のアウトプットは,金銭支払の有無であったり,はたまた一人の人の身柄拘束の解除など,

  他人の現実を変化させるのが目的

であることに対して,学者さんの本質的な目的が

  真理の追究

であって,そのメインのアウトプットである論文についても,

  よい論文を書かないと損をするのは自分である

ため,アウトプットの質自体が異なるように私は感じております。

 ちょうど医学における基礎系と臨床系の関係にも似ていますね。

 臨床医の目的は,患者さんを救うというアウトプット。

 私も長らく臨床医をしていたので身にしみていますが,まさに死にかけになるほど忙しい日々を送ると

 疾患の本質を発見する=基礎系研究の目的

なんて,正直どうでもよくて,

 目の前の患者を救うため

に全力をつくすのです。それではだめだと自省し,なるべく目の前の患者さんのため以外の勉強もしなければならないと考えてはおりましたが・・・臨床医を最前線でやっているとやはり時間的に難しかったです。

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