2009年11月17日

旧司法試験と医師国家試験を同じ年に合格したメタボが、試験ものに共通する勉強法・方法論を提案します。
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 では,アウトプット重視について前回に引き続き,消極的理由の2番目にについて説明します。アウトプットを重視しない,ないしはインプットを重視するさらなるマイナスポイントとは何でしょうか。

④ インプットの材料が混乱しているから

  これはどういうことかと申しますと,一般的に

試験向きの資料とそうでない資料の区別がされていない

特に基本書や大学の講義は(おそらく)試験向きではない

ということで,私から見れば,インプットに重きを置くことはあまりに無駄が多い,方向性がずれていると感じているという意味です

 たとえば,医師国家試験を勉強するときに,医師国家試験用の問題集や専用参考書(というか電話帳のような本1冊)を読んで皆勉強します。だれもいわゆる教科書・専門書(=司法試験でいうところの基本書)をベースに勉強しません。

 もちろん,しっかりとした教科書を読むこともありますが,それはあくまでも

  辞書代わりに

  確認のために

一部を読むだけで,すべて何度も読み通すことは医師国家試験の勉強の時期には絶対にありません(もちろん,そのほかの時期,医学部の実習の時期や医者になってからは別です)。

 携帯電話を使うときに,携帯電話の説明書を読むことはあるでしょうけど,携帯電話の構造や仕組み,歴史などを記載した専門書を読むことはないでしょう。それよりも携帯電話を使ってみて,わからなかったら説明書に戻ることも多いでしょう。

 これとほぼ一緒です。

 基本書や法学部の偉い先生方の講義は,少なくとも私の実体験に基づけば

  資格合格の必要条件ではない

と断言できます(十分条件ではあるかも)。

 実際に私は,(旧)司法試験合格まで

  まともに一冊も基本書を通して読んでいない

  民法,刑法,会社法は基本書を一冊も買っていなかった

という状況です。問題を解いていて,部分部分読んだ教科書が一冊だけありますが,それは国際私法という法律選択科目でした。

 我々が目指す実務家,それの前提たる司法試験をはじめとした資格試験に,原理原則は必須ですが,原理原則や判例を批判・検討して,真理を追究し,独自のよい説を確立したり,学説を整理する能力は,少なくとも資格試験合格には必要ないのです

 学説も一部,選択試験に出てきますが,それは理論的思考を問う問題で,学説を完全に理解していなければ解けないというわけではないはずです。

 芦部先生の憲法は,私の時代に(今はどうだか知りませんが),憲法の必読書といわれましたが,私が合格するまでにこの原著を読んだのは3分の1もありません。

 ただ,合格した後に,事後的に読むと,芦部先生の憲法の内容の大半は把握できていました。

 それは,問題を解いている間=アウトプットをしている間に読んだ,各種参考書などの回答=フィードバックとしてのインプットに同じ記載が何度も出てきたからです。

 そして,合格に必要な箇所ほど何度も目にしており,試験合格に必要のない記載ほど,ほとんど読んだことがありませんでした。

 このような,試験にとって,重要な部分と,重要でない部分を,資格試験受験生が難しい基本書相手に正確に判断できるかといえば,ほぼ不可能であり,つまりは無駄が多くなるのです。

 刑法の大塚先生の教科書に,

  ここは司法試験のツボです

  ここの部分は司法試験にはでませんから流していいです

とか書いていませんよね?

 このため,基本書などのインプットを過度に重視することは,資格試験ではリスクが大きい場合もあることを認識すべきかと思います。

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