旧司法試験

旧司法試験と医師国家試験を同じ年に合格したメタボが、試験ものに共通する勉強法・方法論を提案します。

資格や入試は目的ではなく、手段でしかありません。

資格や入試のために、無意味な労力をさくことはあまり適切でありませんし、結果として、、資格試験や入試のために年月やお金を必要以上に浪費することもいいこととは思えません。

要領を追求した凡人が、最小限の労力で最大の効果をあげることを検討し続けた結果がこのサイトにあります。

入学試験や、資格試験はあくまでも生活に必要な資格や立場を入手するための手段として、目標は資格などを手に入れた先にある、という考え方にご賛同いただける方に、何かのヒントをご提供できれば非常にうれしいです。

なお、私が通過した主な資格などは以下のとおりです。このなかで興味のある資格があれば、その勉強法など参考になるかもしれません。

  ① 医学部入試 ② 医師国家試験 ③ 旧司法試験

  ④ 簿記検定2級 ⑤ TOIEC 720点くらい

  ⑥ 内科認定医・某専門医資格

  (大型自動二輪など運転免許系は割愛です)

 どうかごゆっくりお読みいただければ幸いです。

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 では,アウトプット重視について前回に引き続き論じます。アウトプットを最大の要点とすべき次の理由は何でしょうか。

② 実務がアウトプットだから

 これも単純です。検定系以外は資格は実務につながっており,実務がアウトプット,つまり

  結果を出さないと意味がない

からです。

 たとえば,弁護士は訴訟であれば,準備書面を書いて,証人尋問をして,和解でまとめるか判決をもらうかなのですが,これは

  すべて弁護士からのアウトプット=行動の結果

なわけで

  頭の中で勉強すればおしまい

  事件を咀嚼・把握すればよい

というわけではないのです。

 他の例でいえば,

  内面では全く事件を把握していなくても

  正しい判決がかければよい裁判官

ということになるわけです(ありえないでしょうが)。

 したがって,実務家にとってもっとも重要なインプットは,

  アウトプットに必要なインプット

ということになります。

 もっとも,実務家はすべてこれらのことが無意識にわかっていて,毎日の業務を必死にこなしているのです。

 当たり前です,仕事で結果を出すために必死なとき,まず行うのは仕事のためのインプットです。

 ただ、あまりに忙殺され,人間的な生活を見失いそうになると,

  仕事に関係のない知識もよい仕事をするために重要だ

と考えるわけです。

 長くなってしまったので,この回を2回にわけることにしました。申し訳ありません。

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 私のいうところの「アウトプット重視」の意味とは何が違うのでしょうか。

 これをご理解いただくため,アウトプットを最大の要点とすべき理由を整理してみます。アウトプットが大切な理由は何でしょうか。積極的理由と消極的理由に分けて考えます。

 まず,積極的理由を考えてみます。

① 試験がアウトプットだから

 もっとも単純・大きな理由はこれです。ばかにしないで読んでくださいね。

 試験がアウトプット,つまり問題を解く形式だからです。

 仮にインプットしなくてもアウトプットが可能であるならば,インプットの勉強は,資格取得のためには必要はない=まさにぐうたらにとっては無駄以外の何者でもないわけです。

 極論をいえば,持参資料が持ち込みが可能な試験であれば,

  制限時間内にアウトプットできるように

  持ち込み資料を整理しておく

のがもっとも重要な試験対策になるわけです。

 したがって,司法試験で使用できる六法の内容を記憶するのは全く意味がないし,

  記憶容量に余裕がない理系頭にはそもそも不可能

なわけで,それよりも

  記憶をいかに試験用六法に結びつけるか

に腐心することになるわけです。

 話を「アウトプット重視の理由」に戻しますと,別のいい方もできます。それは

  アウトプットに反映できないインプットは

  試験合格には意味がないどころか有害

いう表現になろうかと思います。

 いかに基本書,百選,コンメンタールを読み,理解しても,アウトプットに反映し,「好影響」,つまり,

  本番の答案や正しい選択枝の選択に

  正しい方向で反映されなければ合格できない

ということです。

 

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 では,具体的にどのように方法論を考えるのかということに入っていきたいと思います。

 まずは司法試験についてです。

 司法試験は新旧ともに

  短答試験

  論文試験

があることは共通です。インターネットでも見ることができる新試験の問題を見る限り,問題の方向性はそんなに本質的には変わっていないような気がいたします。

 短答タイプの試験=いわゆる選択型の法律系試験は,司法試験に限らず

  様々な法律系試験に含まれている

関係もあり,司法試験に対する方法論(私の経験は当然旧司法試験なのでやや難ですが)として議論をいたしますが,

  法律系資格の方法論

としても一部通用するのではないかと考えております。

 私が一般的な合格法と似たようなことを申し上げてもつまりませんので,あえて大胆にカットし,

  最大公約数である=最低限必要である

という点を重点的にお話したいと思います。

そのポイントはただ一つであり,

  アウトプットの重視

であります。

 こんな風に書きますと,

  なんだよ,わかっているよ

とまたご批判を受けそうですが,そこはそこ,少しだけおつきあいいただければと思います。

  私は頭が完全な理系ですので,どうしても

  単純な記憶作業がきわめて苦手

です。そして,さらには法学部の授業など,

   まともな法律の講義を受けたことがない

ため,

   いわゆる基本書などを読むことは苦痛の極み

だったのです(一言でいえば,意味がわからなかったのです)。

 このような中,私が司法試験合格に向け,情報収集と,勉強開始からの方向修正を行い,また司法修習を経て弁護士として働いた現在,振り返って,

  司法試験,いや資格試験一般に

  もっとも効率的な勉強のポイントは何か

と聞かれれば,即座にアウトプットの重視,つまり

  過去問や問題集・予備校模試を

  恒常的かつ大量に解くこと

とお答えするに至ったわけです。

 ただ,他の合格者がお話するところのアウトプットの重視とは,相当程度意味合いが違うと思いますので,この点の私の考えをご説明したいと思います。

 (近日中に続く)

 

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